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【インタビュー全文公開・横山たかし】3度の脊柱管狭窄症の手術を乗り越えた、僕の負けへんで闘病記

漫才師として現在も活躍する横山たかし(67歳)さん。これまで、3度の脊柱管狭窄症の手術を乗り越え、立つことが困難になりながらも、車イスを金ピカにして一つの芸へと昇華する、生粋の芸人魂の持ち主。そんな、横山たかしさんに、これまでの脊柱管狭窄症を患ってからの日々や、今のお気持ちなどを伺いました。 ※この記事は、2016年12月5日に発売の「脊柱管狭窄症克服マガジン 腰らく塾 vol.1 冬号」の記事の抜粋です。

【漫才師】横山たかしの負けへんで闘病記

年中休みなしで全国を駆け回っていた

『横山たかし・ひろし』としてコンビを組んで漫才を始めてから、かれこれ48年になります。 元祖「ホラ吹き漫才」で、ボケ役の僕は「38億8000万円の純金製のスーツ」を着ている「大金持ちのお坊ちゃま」。僕が「生まれは愛媛の松山。松山城のてっぺんの天守閣で生まれた」とホラ吹けば、相方のひろしが、「お前はハトか!」と突っ込む。
そんなことから始まって、「東京大学を首席で卒業して、アメリカのマサチューセッツ大学に留学した」「そのときの恋愛相手が、トランプ大統領の嫁になっとんのや」などと、大ボラを吹いてニコッと笑うんです。
04_01_03.jpgすると、あきれたひろしが、「松山から出てきて喫茶店で働いたら、3日でクビになったやろ!」とばらします。さらに、「だいたいお前、トランプ大統領を知っとるのか!」「わしゃ知っとるけど、向こうが知らんがな!」といった調子でしゃべりまくります。
ホラがばれた僕は、赤いハンカチを口にくわえて引っぱりながら「あ~つらいのぉ~、それをいうな~」「すまんのぉ~」とお約束の決めぜりふ。すると、お客さんが大喜びしてくれますのや。
2年前に腰痛を発症するまでは、こんな漫才を1日に何本もこなしながら、1年中、全国を飛び回っていました。以前から腰は少し痛かったのですが、「僕は腰が悪いんやな」くらいに思っとって、我慢しながら舞台に立っていたんです。

4月と6月に立て続けに手術を受けた

04_01_05.jpgところが、2014年1月末、65歳と4ヵ月のこと。突然、右足に力が入らんようになり、うまく歩けなくなってしまいました。そのうえ歩くと右腰に激痛が。
急遽、休みを取って病院で検査を受けたら、「腰椎椎間板ヘルニアを伴う腰部脊柱管狭窄症」と診断されました。
鎮痛薬を飲みながら、入退院をくり返していたのですが、ついに手術を受けました。その年の4月です。
ヘルニアの手術を内視鏡でやりました。「うれしなぁ、これで治るわ」と期待してたとおり、手術後は腰痛がすっかりらくになっていました。
主治医の先生からも「これでリハビリ(機能回復訓練)したらもっとよくなる」といわれたので、10日で退院したあとも、必死になって毎日リハビリに通いましたんや。
おかげで、仕事で舞台に立つこともでき、てっきり「このままどんどん治っていくんや」と信じて疑いませんでした。
ところが、2ヵ月ほどたって、階段を下りるリハビリをしていたとき、急に右足のかかとが固まってしまい、ロボットみたいなぎこちない動きになりました。右足を先に下ろしながら一段一段、そろそろ下りるしかできなくなってしまったのです。
尖足というもので、それからは、歩くときもかかとを地面に着けられず、足先だけで歩いていました。
そんな状態が続いていたら腰の激痛が再発してしまい、6月に二回めの手術を受けたのです。腰椎(背骨の腰の部分)の三番・四番・五番の脊柱管狭窄症の手術で、4~5時間かかったと思います。

食欲がなくなって12キロやせた

04_01_04.jpg手術後はホッとして、「これで、もうふつうに歩けるだろう」と期待して、明るい気持ちになっていました。
ところが一週間後、抜糸がすんで先生が、「歩けるから歩いてみい」というので歩こうとしたのですが、依然として右足に力が入らず、全然、歩かれへんのですわ。
それでも、2ヵ月ほど入院してリハビリに励んだら、8月末の退院のときには、杖をつけば一人で歩けるまでになりました。
退院直後は、舞台の袖から中央に出るときだけ杖をついて、舞台上ではしっかり立っていられました。劇場から劇場へは、付き添いの手を借りながら移動して仕事をこなしていました。  自宅でも立っている練習や歩く練習ができるように、廊下に平行棒を設置して、一週間に何回かリハビリの先生にきてもらい、リハビリしました。自分でもひまを見つけては行っていたのです。
そやけど、病院にいたころみたいに十分なリハビリができていなかったのか。家にいる時間が増えたので、足の筋力が弱くなっていたのかもしれません。だんだん右足に力が入らなくなり、歩くときにバランスを取るのが難しくなりました。
右腰の痛みがまた強くなってきて、立つことも大変になってきてしまいました。そうなると、リハビリもだんだんおっくうになってしまい、気分は落ち込むいっぽうに。
食欲がなくなって、体重もどんどん減ってしまい、数ヵ月で12キロもやせてしまいました。
日常生活の中で一番不便なのは、一人で風呂に入れないことでした。買い物も食事の支度も、ヘルパーさんにきてもらっていました。「このまま仕事ができなくなるんやろか」と心配でたまらんかった。ストレスが半端ない状態で、本当にしんどかったですね。
外では車イスに乗り、家の中ではタイヤとブレーキがついた歩行器で移動していました。正直な話、「いつ死んだろか」と思ってました。

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